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二人の「勉強会」 その2

 

二人の前髪が触れるか触れないかの辺りまで来たときだ。
ゆっくりと唯の瞳が開かれた。
(!!)
ビックリしたのはリトのほうだった。
唯が目を開けたのは、まさにリトが目を閉じようとした瞬間だった。
二人の視線が、わずか数センチの距離で重なる。

ハレンチなっ!!
リトは唯の瞳を見つめたまま、突き飛ばされる自分を頭の中に描いていた。
しかし実際にはそうはならなかった。
そしてそうされた方が、まだマシだった。

唯は嫌がらない。
その瞳は、まるでリトなど目に入っていないかのように澄んでいた。

(古手川、嫌がってない・・・)
無言でいることを肯定と判断し、目を閉じて唯の唇に触れようとした、次の瞬間―――
「どうしてこんなことするの?」

居眠りしているときによく起きる体の痙攣以上の震えが、リトを襲った。
唯の声は、今まできいたことがないほど冷たかった。
わずかにかかった唯の吐息は、氷でも含んでいるかのように冷えきっていた。

リトは何も言葉を返せないでいた。
唯の表情は何も教えてくれなかったから。
悦びも、怒りも、悲しみも、何一つ表に出さず、唯はただ聞いてくる。
「古手川・・・、その、ゴメン・・・」
リトは掠れた声で謝罪する。
急に激しい息苦しさに襲われたのは、自分でも気づいていたからかもしれない。
答えを出せないまま唯に触れようとした、愚かさに。

リトは頭を下げたまま顔を上げられないでいた。
暫しの間の後、唯の声が静かに部屋の中に響いた。
「結城君は・・・買い被りすぎよ」
感情の伴わない声。
「わたしは、結城君が考えているようないいコじゃないの」
「・・・古手川?」
「わたしは、嫌な女なの」
「そんなことねーよ!お前にそんなこと言ってほしくない!
お前が凄く頑張ってること、俺は知ってる」
何で怒られるはずの自分が声を荒げているのだろうか。
(言わせてるのは俺じゃねーか・・・)
そう思いながらも、言わずにはいられなかった。
思わず顔を上げ、唯を見つめてしまっていた。

数秒後、唯の顔に宿ったものは寂しげな笑顔だった。
「じゃあ結城君は、わたしを一番にしてくれるの?」
声には諦めのような色が混ざっていた。
リトはその言葉に、声に、心臓を鷲掴みにされた。
数分前とは全く違う、鼓動の高まり。
「いつもあなたのことばかり考えてるの。
結城君、今何してるかな・・・勉強頑張ってるかなって」
唯はそっとリトに微笑む。
微笑んでくれたのは何度目だろうか。
どうしてこんなに胸が痛むんだろうか。

唯の言葉には、少し熱が篭り始めていた。
「でもダメなんだ・・・。
すぐに頭の中グチャグチャになっちゃうの。
今ララさんと一緒にいるのかな、それとも西連寺さんのこと思ってるのかな」
口調はゆっくりめなのに、何かにせかされているかのように唯は話し続ける。
「笑っちゃうでしょ。
いつもあなたを怒ってばかりなのに、困らせてばかりなのに、
あなたのことを想ってララさんや西連寺さんに嫉妬してるの。
いつもあなたと一緒にいられるララさんに。
あなたに想われている、西連寺さんに」
リトは掛ける言葉が見当たらなかった。

(俺は、大馬鹿野郎だ・・・)

最近は、もしかしたらという気持ちがなかったわけではない。
少なくとも自分が、唯に対して好意を持っていることも自覚していた。
そしていつか、この関係に変化が訪れうることも、わかっていた。
なぜなら唯は、逃げるような娘じゃないから。
自分の気持ちと真剣に向き合うやつだから。

(それなのに、俺は逃げた・・・)

唯との時間があまりにも心地よくて。
今の関係を壊したくなくて。
いつまでもぬるま湯に浸っていようとしたんだ。

「ごめんね・・・、また困らせちゃったね・・・」
唯の声はもうほとんどリトには聞こえていなかった。
リトは右拳を硬く握り締めた。
掌に爪が食い込み、血が出るほどに。
何でお前が謝るんだよ。
そう言いたかった。
お前が好きだと伝えたかった。

そして、そうできない自分が情けなくて仕方なかった。
唯には全て見抜かれていた。
リトが、答えを口にできないことを。
不器用で、真正直で、優柔不断な自分を―――
「ごめん。疲れちゃったみたいだから、今日はもう帰るわ」
唯はそう言って素早く身支度を終えると、静かに学習室を出て行った。

ただ立ちすくむことしかできない。
左手にはナルホドチェックシートが握られていた。
それを顔の前に持ってきてぼんやりと眺める。
すると、裏にも何か書かれていることに気づいて、裏返してみる。

”一週間お疲れ様。テスト頑張ろうね”

黒のボールペンで書かれた、唯らしい飾り気のない文字。
それを見た瞬間、抑えていたものが溢れ出した。
リトは必死に歯を食いしばり、声を押し殺して泣いた。

涙は走っても走っても止まらなかった。
意地を張るのは、学習室を出たところまでが精一杯だった。
唯は上履きのままだった。
図書室を走り抜け、履き替えることもせずに飛び出して、でたらめに路地を走って。
息が苦しいのは走り続けてきたからか、それとも嗚咽のためか。
気づけば公園に来ていた。
唯は知らないが、リトが身を隠すために使っていた公園だ。
リトがいつも入っていた土管の前に、唯はしゃがみ込む。
どんよりとした雲がやけに近く感じ、霧雨が唯の全身を濡らしていた。

あの時唯は夢を見ていた。

二人だけの一時。
リトは何事でもないかのように自然にその手を唯の手に重ね、笑いかける。
会話など何もなくても、互いを感じているだけでよかった。
唯がキスを求めて少し顔を持ち上げると、口付けが優しく降り注いだ。
幸せだった。
夢だと分かっていても。
口付けが終わると、リトは消えてしまう。
ここ数日の、いつものことだった。

唯の意識はゆっくりと覚醒する。
目の前にリトの顔があった。
現実には絶対に起こりえない出来事。
なぜならリトは自分のことを恋愛対象としてみていないと思っていたから。

起こりえないことが起こったというのに、唯は冷静だった。
いや、冷静というのとも少し違う。
待ち望んでいたはずの行為なのに、沸き起こったものは驚きでも歓喜でもなかった。
沸き起こったのは、疑問。
まるで水面に一滴、水を落としたようにそれは広がっていった。
―――どうしてこんなことするの?―――

計算でも何でもない、自然に出た言葉だった。
ただ、純粋に知りたかった。
他に好きな人がいるはずのリトがなぜ、自分にキスしようとしたのかを。
それだけのはずだったのに・・・。
―――じゃあ結城君は、わたしを一番にしてくれるの?―――

求めてしまった。
彼の一番を。
そうしてしまえば、今のささやかな幸せさえも失うことになるとわかっていたのに。
大切な友人を裏切ることにもなってしまうのに。
答えを焦る必要などなかった。
唯が「問題」を出したのはわずか4日前なのだから。
でも、わかっていたけど止められなかった。
自分の気持ちに、もう嘘はつけなかった。つきたくなかった。

そして自分と全く同じ理由から、彼は私に「答え」を返したんだ・・・

雨は強くなることはなく、やむこともなかった。
唯は鞄を胸に抱えてしゃがみ込んだままだ。
「・・・結城君っ・・・」
今も愛しい人の名を、口に出してみる。
いつもは嫌でも浮かんでくる笑顔のリトが、今の唯にはぼやけて見えなかった。

朝から空は分厚い雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうだった。
今日も太陽は眠りこけているのか、顔を出してはくれない。
あの日からちょうど一週間・・・テスト最終日。
あれから唯との間に会話はなかった。
テスト期間ということで、頭文字が「コ」の唯と「ユ」のリトの席は離れてしまっていた。
両者の心の内を示すかのように。

(だけど、それは今日元に戻るんだ・・・)

必ず戻してみせる。
唯の心を、自分の隣に。

必ず、包んでみせる。
唯の全てを、自分の全てで―――
あの日以降、リトは自身を見つめ続けていた。
想いの全てをぶつけてきてくれた唯ともう一度向き合うためには、とことんまで自分と向き合うしかない。
同情や哀れみは必ず見抜かれるし、考えぬいた末の結論でなければ何より唯に対して失礼だ。

リトは、唯のことが好きだ。
それは紛れもなく、一人の女の子として。
あの時感じた爆発的な愛しさは、決して一時の気の迷いなどではなかったと断言できる。

答えを返せなかったのは、ずっと目を背けてきたからだ。

それは唯だけのことに限ったものではない。
自分に想いを寄せ続けてくれているララに対しても。
いつまでも燻らせ続けてきた春菜への想いについてもそうだ。

ケリをつけなくちゃいけない・・・。
ララ―――
ララが現れてから、リトの生活は大きく変化した。
毎日災難続きだけれど、退屈とは無縁の日々がやってきた。
交友関係も増えたし、今も続く楽しい生活の中心にいる女の子。
そして何より、生まれて初めて「好き」と言ってくれた女の子。
大切じゃないはずがなかった。

春菜―――
かつてただ一人、自分のことを信じてくれた女の子。
中学生時代に好きになってから、ずっと心の中にいた女の子。
リトは春菜に恋をしていた。
それはララが現れてからも、唯と親しくなってからもかわってはいなかった。

仮にいつか、ララがリトの傍を去るときがくれば、何らかの結論を出さなければいけない。
そしてそのときが来たら、リトはララの望むようにするのだろう。
悲しい思いをしてほしくないから。
大切な存在だから。

春菜に関しては、もっと情けなくなる。
春菜を想うことは、いつの間にかリトにとって逃避になっていたのかもしれない。
ララからの、そして唯からの想いと向き合わずにいるための。
今の居心地のいい空間から追い出されないための。
もし春菜が想いを伝えてきてくれても、誰にも悲しい想いをさせないようにとオドオドするだけで結局はどうにもできない気がした。

ララや春菜に対しては、リトは自分の意思を優先できそうにない。
流されるままだ。

じゃあ、唯に対しては・・・?

彼女は自分が傷つくことなど、これっぽっちも恐れないのだ。
その代わり周囲に迷惑をかけたり、大切な人を傷つけたりすることは極端に嫌う。いや、恐れているとさえいってもいい。
彼女がどこか友人たちの輪に入りきれないのは、深く関わることでいつか傷つけてしまうのが怖いからなのではないだろうか。

ララがリトに想いを寄せていることは、唯だって知っているはず。
リトが春菜に想いを寄せていたことも、唯は知っていたようだった。

それなのに。
唯は自分に精一杯の想いを伝えてきてくれたのだ。
あれほど己を優先せず、犠牲にして、誰にでも献身的に行動する唯が、
別の誰かを(それも大切な友人を)傷つけてでもと、望んでくれたのだ。
(俺の一番になることを―――)
だから俺も、自分の意思に忠実になろう。
誰かを傷つけても、ぬるま湯から抜け出してでも、一番欲しい物に手を伸ばそう。
身勝手だろうと、何と言われようと構わない。

(俺は・・・、古手川唯が欲しい)
意地っ張りで、でも真っ直ぐで、頑張り屋な唯が愛しい。
ぶつぶつ文句を言いながらも、俺の腕の中で顔を真っ赤にして甘える、そんな唯がどうしても欲しい。

だから。
彼女を手に入れるためなら、ズルイことだってしてやる。
大切な人にだって、傷を負ってもらう。
そうしないと、”俺が”いつまでも前に進めないから。
後には莫大な借金が残るだろうが、それは少しずつ返していくしかない。

これが、リトの出した結論だった。
前日の夜―――

「ララ、ちょっといいか」
自分から訪れることなど滅多にない、ララのラボラトリ。
翌日で最終日とはいえテスト期間なのに、ララは新たな発明品の試作に励んでいた。
彼女にしたら、地球の勉強に対策など必要ないのだろう。
「あっ、リトー!どうしたの、こんな時間に」
顔を上げこちらを振り向いたララの表情は、弾けるようないつもの笑顔。
でも、もうこれ以上この笑顔に甘えることは許されないのだ。

「話があるんだ」
「・・・リト?」
ただならぬ雰囲気を察知したのか、天真爛漫なララに珍しく戸惑いの色が浮かぶ。

「俺は、ララの気持ちに応えられない」
視線は真っ直ぐに、決して下は向かない。
もう、何からも逃げない。
「・・・リ、ト?」
リトは冗談でこんなことを言う人ではない。
突如訪れる、焦燥感と喪失感。
心にコンパスで円が描かれ、そこにぽっかりと空洞ができる。
「リト、私にどこか悪いところが・・・」
その続きは言葉にならなかった。

そうじゃない。
無言でもその瞳が、そう語っていたから。
初めて見る強烈な意思の宿ったリトの瞳に、ララは何もいえなくなってしまった。

「幸せにしたいやつができたんだ」

(私よりも?)
聞くまでもなかった。
「だから俺は、お前の気持ちには応えられない。・・・ごめんな」
リトは全ての言葉を言い終わるまで視線をそらさなかった。
その後静かに頭を下げて、部屋を出て行った。
そして今朝、結城家―――
「リトッ!!」
リビングには朝食が既に並べられている。
響いているのは、エプロン姿の美柑の怒号だ。
「どうしてララさんにそんなこと言ったのよ!」
美柑が怒っているのは、もちろん昨夜のことについてだ。
朝食の時間になってもララが姿を見せないことを不思議に思った美柑が、リトに問うたのがきっかけ。
「あんたが嘘つけない性格だっていうのは知ってる。
好きっていう気持ちがどうにもならないっていうのも、なんとなく想像できる。
でも、タイミングってものがあるでしょ!今日だってテストなんでしょ!?」
「ああ」
「そのうえ唯さんを足止めしてくれって・・・。わけわかんないよ!
あんた自分以外のことはどうだっていいっていうの?」
「ああ、そうだ・・・」
「ああそうだって・・・。もういい、私がララさん起こすから!」

美柑がララに呼びかける声が聞こえる。
リトだって、ララに出てきて欲しい。
いなくなってなど欲しくない。
しかし、ここでリトが懇願するわけにはいかない。
今は信じるしかない。
自分に何ができるかはわからないが、ララが返済のチャンスをくれることを。

朝食には手がつけられないまま、時刻は8時15分になろうとしていた。
そろそろ出発しないと間に合わない。

その時、ドアが開く音が聞こえた。
「ララさん・・・」
「てへっ。寝坊しちゃった」

なんて分かりやすい嘘なんだ。
目は充血し、鼻の辺りも微かに赤くなっている。

「もういかなきゃ遅刻だー。リト、先に行くねー」
まだ鼻声のまま、ララはあっという間に飛び出していった。
リトは目頭が熱くなるのを感じたが、グッとこらえて玄関に向かう。
「リト、・・・いいの?」
同じく学校へと向かうために美柑も玄関に出てきた。
「ああ・・・、唯の件よろしく頼むな・・・」
リトは実年齢に見合わない精神年齢を持つ妹の頭をクシャッと撫でて微笑みかけると、家を出て行った。
小さな声で、その笑みも儚げだったのに、なぜかいつものような頼りなさはそこにはなかった。
美柑は優しいだけがとりえの兄の出した結論を、応援してあげようと心に決めた。
お前勉強してきたかー?
全然やってねーよ
そういうくせにいつも俺より上だもんなー、ちくしょー
教室に入ると、いつもの喧騒がそこにはあった。
ララも春菜も、そして唯もそこにいた。
遅刻ギリギリだったせいで、1時間目のテストが始まるまでに話しかけてきたのは
「ヤ」を頭文字に持つ前の席の男だけだった。

テストに関しては、リトとしてはこれ程なく順調に解けた。
あの日以降は考え事ばかりだったが、それが煮詰まると唯の教材に自然と手が伸びた。
(俺がまさか気分転換に勉強を使うなんてな・・・)
整った文字列と細部にまで行き届いた配慮。
リトが勉強するためだけに作られたそれに取り組んでいると、心が安らいだ。
先週の貯金もあったお陰で、赤点が心配になる教科は一つもなかった。

2時間目も何事もなく終わり、期末テストは過ぎ去っていった。
一箇所で生まれたざわめきから開放感があっという間に派生し、帰りのホームルームなどあったもんじゃなかった。
結局その日机が元に戻されることはなかった。

しかし唯との関係の方はそうなるわけにはいかない。
リトはそう思いながらも、やっておくべきことがもう一つあった。
自分の気持ちにケリをつけるためだけの、なんとも身勝手な儀式が。

「西連寺、この後ちょっといいか・・・」
「えっ!?・・・うん。大丈夫だけど・・・」
「じゃあ、屋上で待ってるから」

春菜にこんなに自然に話しかけられたことなどなかった。
声が上ずることも、視線をそらすこともなかった。
(今まで自分が決意だと思っていたものが、いかに甘ちゃんな物だったか思い知らされるな・・・)
そんなことを考えながらリトは屋上への階段を登っていった。

そのリトの後姿を、唯は寂しげに眺めていた。
春菜の心臓は高鳴っていた。
ずっと好きだった人に、屋上に呼び出されたのだから当然だ。
ただ、どこか嫌な予感がしていた。
それは今日のララの態度が、明らかに不自然だったからだろう。
不安が期待を、押しつぶしてしまいそうだった。

屋上では、リトが柵を背にしてこちらを向いて待っていた。
バタンとドアが閉まる音がしたが、春菜はその場を動けない。
リトがゆっくりと近づいてきた。
春菜の前まで来ると目を閉じて、それから徐に話し出した。

「昨日、ララに言ったんだ・・・」
春菜は不安に揺れる瞳でリトの胸の辺りを見ていた。
「お前の気持ちには応えられないって」
(そうか、それで今日のララさんは・・・)

リトの声は小さいが、はっきりと聞こえる。
何かを決意したものの声だ。
春菜の胸には嫌な予感が広がっていく。
普通こういうときには自分を選んでくれたのかもしれないと思うものだろう。
だけど・・・。
(結城君は優しすぎるから・・・)
もし彼がララを選ぶと決めなければ・・・今の状況が長く続けば続くほど、
ララが自分たちの中に溶け込めば溶け込むほど、彼は誰も選べなくなっていくんじゃないだろうか。

(だから、私が選ばれることは絶対にない・・・)
春菜の中にいつしか宿っていた、諦めの気持ち。
それが爆発しそうになって、春菜はついに決意した。
「結城君、私は・・・」
「俺は西連寺が好きだったよ」
「えっ!?」
思いがけないリトの言葉。
視線を胸の辺りから上げていくと、真っ直ぐに見つめてくるリトと目が合った。
「ずっと好きでした」
自分は今、想いを寄せている相手に告白されている。
それなのに、春菜は急速に冷静さを取り戻していった。

リトの言葉は、全て過去形だ―――
やっぱり彼は、誰も選ばないつもりなのか。

リトには誰かを愛して欲しい。
幸せになってほしい。
偽らざる春菜の本心だった。
誰も選ばないなんて私は望まないよ。
そう伝えたかったが、たった今大好きな人からNOを伝えられたのだから言葉など出てこなかった。
一人葛藤の中にいた春菜に、リトの言葉が続けられた。

「最近、好きなやつができたんだ」

リトの言葉は現在形へと変化していく。
「俺はそいつをたくさん傷つけてきた。いや、違うな。そいつだけじゃない・・・。
今だって、君の心を好き勝手に掻き乱している。
だから俺は、償わなくちゃいけない。傷つけた人たちに対して」
リトはそこで言葉を切り、大きく一つ息を吐いた。
内側から胸を炙られているような熱さがあった。

「でも償うことは多くの人に対してできても、幸せにすることは、ちっぽけな俺じゃ一人しかできない」

そして今度は未来形へと変化する。
「俺には、君以上に幸せにしたい人がいる。だから・・・」
リトが頭を下げようとした、その瞬間。
「謝らないで」
春菜に静止させられた。
「私は、結城君が誰かを好きになってくれて嬉しいの」
「・・・西連寺?」
「結城君は優しすぎるから、結局誰も選ばないんじゃないかって、ちょっと思ってた」
春菜の瞳には涙が溢れてきていた。

「でも、古手川さんがそれを変えたんだね」
「えっ!?・・・何で俺の好きな人が古手川だって?」
春菜は涙が零れ落ちるのにも構わずに微笑んだ。
泣きながら見せる、いつもの困ったような笑顔。
「わかるよ。・・・いつも見てたんだから。結城君、鈍すぎるよ」
今更ながら、リトは春菜の気持ちに気づいた。

春菜はハンカチで濡れた顔を拭うと、再び笑顔を作った。
「行ってあげて。古手川さんのところに」
「西連寺・・・」
リトの胸には再び熱さが込み上げてきていた。
最初は自分の身勝手さに対する怒りの熱さだったが、今度は春菜によってもたらされたそれ。

「古手川さん、きっと待ってるよ。そしてさっきの言葉、伝えてあげて」

そうだ。
俺には何としても手に入れたいものがあるんだ。
この大切な女の子を泣かしてしまった今でも。

リトは春菜の横を通り過ぎ、ドアノブに手をかけた。
「俺、西連寺の事好きになれてよかったよ」
やっぱりその気持ちは逃避なんかじゃなかった。
リトは確かに春菜のことが好きだった。
ただ、それを犠牲にしてでも手にしたいものができただけだった。

リトは屋上を出た。
(余計なこと言ったかな・・・)
少しそう思ったが後悔はしない。
本当の勝負はまだ始まってもいないのだから、後悔している暇などない。
頭の中はもう、唯の事で占められていた。

唯はぼんやりと数メートル先の地面を見つめながら家路についていた。
(もう、終わってるのよね・・・)
ちょうど一週間前のあの日、自分とリトの関係は崩壊した。
抑えようのない自らの熱によって。
いつだって、答えを焦り過ぎるとロクなことにはならない。

勉強など手につかなかった。
月曜日、誰よりも早く登校し自分の席に座った。
結城リトという恒星の惑星系からはぐれてしまった、自分の席に。
勉強に没頭しているフリをして、彼とは目も合わせなかった。
これからどんな風に彼と接していけばいいのか。
心の整理など全くできていなかった。
それでもテスト問題ならば、日頃の蓄積により焦ることなく解けてしまう自分が、どこか滑稽に思えた。

学校に行き、静まり返った教室で数十問の問題を解き、家に帰れば布団の上で涙を流して過ごす。
何一つ手につかない。
唯としてはありえてはいけない、怠惰な一週間だった。

今日、リトは屋上へと駆け上がっていった。
席が元に戻らなかったことに戸惑い無意識にリトの姿を探すと、彼は春菜と何事か話していた。

(結城君は、やっぱり西連寺さんを・・・)

分かっていたはずなのに。
もう答えは返されているのに。
今日は家に帰り着く前に涙が零れてしまいそうだった。
あの日と同じような曇り空から、雨が降ってきたらいいのに。

ドンッ
「きゃ」
涙を堪えるのに必死になっていた唯は、交差点で左から歩いてきた女の子とぶつかってしまう。
「ごっ、ごめんなさい!大丈夫?怪我はない?」
電光石火の勢いで尻餅をついた女の子に駆け寄って顔を寄せ、心配そうに声を掛ける。
どんなに悩んでいようと、超善人ぶりは変わらないらしい。

(・・・こりゃ、リトが惚れるのも無理ないなぁ)
その女の子はもちろん美柑だ。
唯は若干やつれていたが、それでも美しさは健在だった。
少し頬がこけているものの、それがどこか儚げで、強気な面を感じさせる普段の唯とのギャップを引き立てていた。
また、その長く美しい黒髪は手入れを怠っていないらしく、絹のような光沢を保っていた。
瞳が潤んでいるのはぶつかったのとは別の理由からだともちろんわかるが、
それでも初対面でかつ同姓である美柑ですら、思わず見とれてしまうほどだった。

「平気です。こっちこそごめんなさい」
そう言って立ち上がると、そこで初めて唯の制服に気づいた、というフリをする。
「あ・・・、その制服・・・」
ちょっとした演技など美柑にはお手の物だ。
ましてや相手は小学生を疑ってかかるということなど絶対にしない唯だ。
「あの、何年生ですか?」
「・・・2年、だけど・・・」
パァッと美柑の表情が明るくなる。
「じゃあ、リト知ってますか?結城リト!」
「えっ!?」
思いがけないところで出たリトの名に、唯は動揺を隠せない。
そしてそれに付け込まない美柑ではない。
「結城リト、知ってるんですね!」
「えっ・・・あ、ぅ・・・」
今最も考えたくない人物で、関わりたくない人物だ。
知らないといってしまいたい・・・が、唯はそこで嘘をつけない。
しゃがんでいるので、美柑を見上げる格好になっている。
何とも恨めしそうな表情で。
美柑は逆にどこか楽しそうだ。
「実はあいつ、私の兄なんです」
「・・・結城君の、妹さん・・・?」
初耳である。
「はい。私今日家の鍵忘れちゃって・・・。リトが帰ってこないと家に入れないんです。
リト、まだ学校にいますか?」

唯の予測が正しければ、リトはまだ学校にいるだろう。
彼は春菜に告白し、春菜もそれを受け入れて、二人で幸せを噛み締めている頃ではないだろうか。
そう考えるとまた涙線が緩みそうになり、いてもたってもいられなくなる。

「ゆ、結城君は友達と寄り道していくって言ってたから、当分戻らないんじゃないかしら・・・」
「・・・そうですか。困ったな」
シュンとしてしまう美柑。
そんな姿を見せられると、美柑を放っておくことなど唯にはできないわけで。
沈みかけた自らの心を奮い立たせると、俯いている少女に声を掛ける。
「じゃあ、お姉ちゃんとどこかでお昼食べようか」
「へっ? いいんですか?」
「うんっ」
ここで会ったのも何かの縁だし、家で泣いているよりも有意義な時間がすごせる。
もしかしたらリトの新たな一面も知れるかもしれない。
「行こっ」
そういうと唯はにっこりと微笑んで、美柑と手を繋いでやる。
笑えたのは、一週間ぶりだった。

まだ正午前だったが、二人は某ファストフード店に入った。
朝食をとれなかった美柑はフィッシュバーガーを頬張っている。
初対面の二人にとって共通の話題など他にないので、必然的にリトの悪口大会になる。

「あいつ、ホントにヌケてるんですよ。この間だって・・・」
「ふふっ。結城君ってそういうところあるわよね」
唯は食欲こそほとんど戻らなかったが、美柑と話しているうちに元気を貰っていた。
気づけば時刻は1時を回っていた。
リトはそろそろ帰っているだろうか。

「あの、唯さん。お願いがあるんだけど・・・」
美柑が改まった口調になる。
「なあに?」
逆に唯は出会った数時間前よりもふんわりとした口調。
子供が好きなのかも知れない。
「一緒に見て欲しい映画があるんです」
「映画?」

美柑と一緒に見たのは悲しい恋愛映画だった。
たった一つのボタンの賭け違いが原因で離れ離れになってしまった二人の物語。
唯は映画の開始直後はずいぶんマセた小学生だな、などと考えていたがいつの間にか映画に引き込まれていた。
映画の終盤、二人が最後の口付けをかわしたシーンでは涙が出そうになったほどだ。
一方美柑は大あくびにより涙が出ていた。

映画が終わって外に出ると、夕日が唯に優しく降り注いできた。
なんだか太陽を見たのは久しぶりのような気がする。
「唯さん、今日はほんとにどうもありがとう」
「ううん。わたしも凄く楽しかったわ。こちらこそありがとう」
「もうリト帰ってると思うから、そろそろ帰ります」
「それがいいわ。またね、美柑ちゃん」
唯は微笑むと小さく手を振る。

「未来のお姉ちゃんが、素敵な人でよかった」
背を向ける直前に美柑はいたずらっぽい表情でボソッと呟くと、あっという間に人ごみに紛れてしまった。
「・・・ええっ!?」
しばらくポカンとしていた唯だが、その言葉の意味に気づくと途端に真っ赤になってしまう。
(それって、わたしが結城君と・・・、ケッ、ケ・・・ケッコンするって・・・)
今の状況ではそんなことはありえないと分かっているのに心臓が踊りだす。
ドキドキするのも一週間ぶり。
一緒にいるわけではないのに、彼に自分を動かされている感覚。
(わたしは何でもかんでも結城くん、結城くん・・・。あなたはいつまで居座る気なの・・・?)
ため息が出てしまうが、同時に体の内側から温かさを感じることができた。
そっと目を閉じてみる。
雑踏の真ん中で、音が消える。
リトは唯に背を向けていた。
その表情は窺い知れなかったが、きっと笑っているだろうとその時は思えたのだった。

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