フウキくんのお仕事 その3
校長室の天井が崩れる十分前
金色の闇ことヤミは彩南高校の図書室で本を読んでいた
毎日の日課である情報収集という名の読書のためだった
「…今日はこのくらいにしておきましょう」
パタン、と本を閉じヤミは椅子から立ち上がる
ちなみに、読んでいた本のタイトルは【虎ぶる】だ
ヤミは制服を着ているわけでもなく、年恰好も高校生にはとても見えない
つまり彼女は完全無欠の部外者である
現に周囲からはずっと奇異の視線が投げかけられていたりする
しかし、ヤミは全くそれを気にすることなく出口へと向かう
誰かが注意をするのが当たり前なのだが、独特の迫力を持つ金髪の少女に誰も声をかけることはできなかった
「ね、ね。レンくんって今日は暇なの?」
「えっ、いやボクはララちゃんと…」
後でいちゃつく男女を気にもとめずヤミはドアへ手をかける
――刹那、ドアの向こう側から殺気が噴き出した
「っ!」
『えっ?』
背後のカップル(?)が呆けた声を出すのを聞きながらヤミは横っ飛びで跳躍
転がりながらその場を飛びのく
遅れて数瞬、ドアが細切れにされて崩れ落ちる
騒然となる図書室
だが、ヤミは飛び込んでくる小柄な影の存在をしっかりと目視していた
ズバババッ!
影から伸びた刃が呆然として立ちすくんでいたカップルをとらえる
するとどうしたことか、二人の肌には傷一つつかず服だけがドアと同じく細切れになってヒラヒラと床へ散り舞っていく
「ほう、今のをかわしますか」
「…なんのつもりですか」
ヤミは警戒心全開で影――フウキくんに問いかけた
回避こそできたが、今の攻撃は明らかに自分を狙ったものだということは明白だった
仕事柄、ヤミは自分が狙われることには慣れている
目の前に立っているのは珍妙極まりない円筒形のロボット
無論、見た目と実力が必ずしも一致しないということは自分を例に挙げるまでもないので当然ヤミは油断をしない
ただ、すぐ傍で胸を揉んだの揉んでないだのとイチャついているカップルは鬱陶しいとは感じているのだが
「私の名はフウキくん! この学園の風紀と秩序とお約束を守るべくララ・サタリン・デビルーク様の手によって生み出されたものなり!」
「プリンセスの…?」
「然るに! 貴女は制服も着ず、教職員でもないにもかかわらず校内に侵入している…故に!」
「どうすると?」
「取り押さえる! 全裸で! 何故なら不審人物だから!」
「ぜっ…」
全裸という響きにヤミは頬を赤らめる
そして、それが開戦の合図となった
手を刃状に変形させてヤミへと襲い掛かるフウキくん
ヤミも髪を複数の刃に変形、応戦を開始する
騒然の渦だった図書室は阿鼻叫喚の渦へとレベルアップした
「ぬ、抵抗するか!? 大人しく服を脱げぇぇい!」
「確かに私は不法侵入者かもしれませんが、何故服を脱がなければならないのですか!」
「ふん、何を隠し持っているかわからない以上武装解除は当然の論理!
私は決してやましい気持ちを持っているのではありません、常に万事に備えているのです!」
「…そんなえっちぃ表情で言われても説得力がありません」
「失敬な!」
「プリンセスの作品を壊すのは少々心苦しいですが…動けないようにさせてもらいます」
父親(校長)そっくりな表情のフウキくんにヤミの表情がすっと消える
その小さな身からわき上がる殺気が図書室に充満していく
ごくり、と図書室にいた人間全てが冷や汗をかいて唾を飲み込む
だが、フウキくんは揺らがない
彼に恐怖心はない
それはロボットだからという理由ではない
恐怖心を凌駕する意思があるのだ
意思――そう、彼が思うことはただ一つ
目の前の少女を脱がすことのみ!
カッとフウキくんの目が見開かれた
フウキくんの全武装が展開を開始する
そして、彼は叫んだ
それは己がデータにインプットされている由緒正しき宣言
言霊のこもる世界最強のギアスにして――この場に最もふさわしい言葉を!
「エルフは脱がーす!」
瞬間、ヤミは言い知れぬ絶対的な身の危険を感じ、後ずさった
「まあ、そんなわけなのですよ」
「どんなわけだよ!」
時と場所は移って破壊の後の校長室
フウキくんの説明にリトは律儀にツッコミを入れていた
「ていうか校舎を破壊するなっ! 俺を巻き込むな!」
「何を今更」
「あ、なんだよその『主人公なんだから我慢しなさい』みたいな目は!」
「言葉通りです」
リトの魂の叫びをあっさり受け流しつつフウキくんはヤミへと向き直る
ヤミはフウキくんを警戒しながらもずっとある一点を見つめていた
そう、リトのいる場所を
「おや、金髪の美少女殿、どうさなさったのですか? 隙を見せたら脱がしますよ?」
「なら、かかってくればいいのでは? …それはそうと結城リト、良いご身分ですね」
「へ、俺?」
今まで聞いたことがないようなヤミの冷たい声にリトは冷や汗を押さえられない
思わず座り込んだまま後ずさり――そして何か柔らかなものに触れた
しっとりと、滑らかな感触
唯の太ももだった
「のわっ!?」
慌てて手を離すリト
唯は気絶していた、おそらくは押し倒した時のショックで床に頭をぶつけたのだろう
特に怪我をしている様子はない
だが、問題はそこではなかった
唯の格好は下着にワイシャツだけである
しかもワイシャツが騒動のショックではだけ、下着が見えているのだ
そこにリトがいる
どう見ても強姦の最中です、本当にありがとうございまし(ry
「ご、誤解だ!」
「その女の人にそんなハレンチな格好をさせておいてえっちぃことは何もないと?」
「こ、これには事情は…」
「やはり貴方はプリンセスのためにも生かしておくわけにはいかないようですね…」
ふわっとヤミの髪の毛が持ち上がり数十の拳へと変形していく
またこのパターンかよ!? と嘆きつつもリトはその場を動けない
何故なら、自分が逃げ出せばすぐ後の唯に被害が及ぶ可能性が高いからだ
しかし、飛来する数十の拳は割り込んできたフウキくんによって止められた
「フフフ…」
「お、お前…」
「何故、邪魔を?」
「勘違いしないで頂きたい。貴女の相手はこの私でしょう?」
「それなら先に排除するまでです。壊れてください、円筒形」
「円筒形!? 私にはフウキくんという立派な…おわっ!?」
フウキくんの抗議を華麗にスルーしてヤミの鉄拳が繰り出される
だが、フウキくんもただの一発キャラではない
器用に手と足を併用して全ての攻撃を防いでいく
途端、校長室は戦場となった
「ま、まずい…俺はともかくこのままじゃあ古手川が…」
普通に判断すれば今のうちに唯を抱えて離脱するのが得策である
唯の姿に顔を赤らめつつもリトは意を決して唯に近づき――そして落下した
「へ?」
突然の浮遊感にリトはハテナマークを飛ばす
だが、足元を見たリトは事態を理解した
ヤミとフウキくんの戦いの余波で再び床が抜けたのだ
ちなみに、唯のいる床は崩れていない
「なんで俺ばっかりぃぃぃ!?」
びたん、とカエルのつぶれたような音が響く
ものの見事に受身を取れずに着地したリトの床との激突音だった
「うう、いてててて…」
痛む箇所をさすりつつ状況を把握しようと周囲を見回すリト
そして気がつく
今、自分が最悪の場所に落ちてきてしまったということを
そこは無人の教室だった
出口は一つ
しかし、そこに辿り着くには
「脱がーす!」
「……」
あの人外大決戦の戦場を通り抜けなければならないのだ
リトは再び神様を恨んだ
「くそ、どうする…?」
アクション映画も真っ青なバトルを眺めつつリトは悩む
一番いいのはこのまま決着まで大人しくしていることだが、そういうわけにもいかない
いつこっちに飛び火してくるかわかったものではないし
何よりも自分は服を調達して春菜やララの元へ戻らなければならないのだ
「どっちかに加勢するしかないか…」
だが、それは無謀の一言だった
自分が役に立たないのは勿論のこと、下手しなくても敵対した方にボコボコにされるのは間違いない
余程上手いタイミングで乱入しないとただのやられ損になるしかないのだ
ぐ、とリトは足に力を込めてタイミングを窺った
「…今だっ!」
瞬間、リトは全力で駆け出した
狙いはヤミに弾きとばされ空中で無防備なフウキくん
向こうの主観で言えばどちらかというとヤミのほうがリトにとっては敵対存在なのだが
リトからすれば女の子に攻撃をするのは論外だったのだ
「もらったー!」
「この瞬間を待っていた!」
フウキくんの動きを封じるべく飛び掛るリト
しかし、フウキくんはそれを予測していたかのように反転
掴もうとしていたリトの手を逆に掴んだ
「んなっ!?」
「ファイヤー!」
驚きに目を見開くリトを尻目にフウキくんはリトをヤミに向けて投擲
これにはヤミも驚いたのか僅かに硬直する
しかしそこは一流の戦闘者、すぐに我を取り戻すと容赦なくリトを迎撃した
「ぐぼあっ!?」
問答無用で殴り飛ばされ、宙を舞うリト
だが、この瞬間ヤミの視線からフウキくんの姿が消えうせる
そしてそれこそがフウキくんの狙っていた瞬間だった
「計算通り!」
どこぞのデスノート使いのような邪悪な顔でフウキくんはヤミの背後へと出現する
そして、フウキくんの手が無防備なヤミの身体へと伸びた
どしゃっ
殴り飛ばされたリトが車田落ちで床へと落下する
が、流石は主人公
ダメージこそ甚大だが意識はハッキリと立ち上がった
「く、首が…」
折れても不思議ではなかった首へのダメージ
だが、痛みに顔を顰めつつもリトは戦いがどうなったのかと顔を上げ、そして首をひねった
二人は再び間合いをとって睨み合っていたのだ
ヤミが訝しげに口を開く
「何故、攻めなかったのですか。チャンスだったでしょう?」
確かにあの瞬間、ヤミは全くの無防備だった
にも関わらずフウキくんはすぐさま距離をとった
――なめられている?
金色の闇と呼ばれ、全宇宙の要人に恐れられた少女はプライドが傷つけられたことに僅かながらの怒りを覚える
しかし、フウキくんは微動だにせず、口を開いた
「チャンスとは」
そして右手を持ち上げる
その右手には丸く包まった布のようなものがつままれていた
「これのことですか?」
ニコリ、とフウキくんは笑う
つままれたそれにヤミとリトは疑問符を浮かべた
「なんだそれ?」
「どうぞ、盗りたてですよ」
ぽいっと『それ』をリトへ向かって投げるフウキくん
リトは『それ』を両手で受け取った
『ソレ』は暖かかった
「なんか暖かいな」
「脱がしたてですから」
「脱がし…?」
首を再度かしげながらリトは『ソレ』を確認するべく、広げる
手の中で広がっていく『ソレ』
そして次の瞬間、リトとヤミの表情が固まった
そう、それは――純白のパンツだったのだ
「え…?」
その純白の下着にヤミは見覚えがあった
機能性を重視しているため、ややカットが大胆になっているシンプルなデザインのパンティ
それは自分がいつも身につけているものと同一のものだったのだ
す、とヤミの両手がおそるおそるといった動作で腰へと降りていく
ぱんぱん、すりすり
ヤミの両手が自身の細い腰を叩き、撫でる
数秒の後、ヤミの顔がサッと青ざめた
同時に、リトも気がつく
自分の持っているものが、目の前の金髪の少女がつい先程まで身につけていたものであるということを
ヤミとは対照的に、リトの顔がこれ以上ないほど真っ赤に染まる
だが悲しいかな、男の本能は欲望に忠実だった
短いスカート一枚に守られた少女の乙女の部分
リトの視線は無意識にそこへと吸い寄せられてしまう
「……なっ!」
視線を感じたヤミは、どこを見られているのかを悟り、慌ててスカートを両手で押さえる
別にめくれているわけではないが、視線を向けられて気分の良い場所ではない
しかし、そのリアクションは逆効果である
泰然としているのならばまだしも、隠そうと躍起になられれば逆にそこへの想像がかきたてられてしまうのが男というものだ
リトも例外ではなく、あらぬ想像が彼の脳裏をよぎる
勿論、一瞬後にはぶんぶんと頭を振ってかき消されてしまう程度のものではあるのだが
「結城リト…」
「いっいや俺は何も見てないし何も想像していない! ほ、ホントだからな!?」
「私は何もいっていませんが」
「あっ、いや、その…」
「…それはいいですから、早く私のし…そ、それを返してください」
私の下着、といいかけるも羞恥に負けたヤミが言い直してリトへ懇願する
命令形ではなくお願いという形になっているあたり余裕のなさが窺えた
「あ」
あ、わかった
そうつなげようとしたリトの目の前を小さな影が横切った、フウキくんである
不意打ちといって差し支えないタイミングの攻撃
しかし、ヤミはそれを予測していたようにガードする
羞恥に動揺しているとはいえ敵の動向を放置するほど金色の闇と呼ばれる少女は甘くはなかったのだ
「…どいてください」
「だが断る! フフフ、それほどあのホワイトなパンティが大事ですか?」
「…っ」
「わかりやすい動揺ありがとうございます。フフッ…パンツが一枚なくなった程度で可愛いものですね?」
フウキくんのあからさまな挑発にヤミは何も言い返すことはない
だが、怒りは当然感じているのだろう
攻撃の弾幕が先程よりも激しく、威力あるものへと変化する
「怒りにかられながらも的確な攻撃…ふむ、このままでは私の方が不利ですね」
防戦一方となったフウキくんがそう呟く
確かに、戦況はヤミの有利に推移している
戦いそのものはリトのような素人から見れば互角だが、客観的なダメージの度合いが違う
ヤミがパンツを取られたこと以外ダメージをおっていないのに対し
フウキくんはところどころボディに傷をつけられているのだ
これはつまり、総合的にはヤミの戦闘力のほうがフウキくんを上回っていることを示している
だが、フウキくんは余裕だった
別に出し惜しみをしているというわけではない
しかし、彼には確固たる勝算があったのだ
「結城殿!」
「え?」
「はっ!」
さっと身を翻すとリトの元へと向かうフウキくん
リトは捨てることもしまうこともできない女物の下着をただ握り締めているだけだった
フウキくんはあっさりとリトの手から下着を奪い取り
そして再度身を翻しヤミの正面に立った
「…それを、返してください」
「ふっふっふっふ…」
ヤミの殺気のこもった言葉にも反応せずフウキくんは邪悪な笑い声を上げた
だが、次の瞬間――彼は誰もが予想だにしなかった行動に出た!
「装着!」
時が、凍った
リトは口をあんぐりと広げて呆然とし
ヤミは目の前の現実にショックを受けたのか身じろぎすらすることなく固まる
そしてフウキくんは…ヤミのパンツを頭にかぶっていた
「流石は脱ぎたて! 暖かい! 適度に汗も吸い込んでいる! そして良い匂いだ!」
ちなみにフウキくんに鼻はない
だが、それを聞いたヤミがゆっくりと姿勢を正していく
リトはその姿にぞっとした
あれは――ヤバイ
「…死んでください」
無数の拳となった金髪の髪が一斉にフウキくんへと襲い掛かる
だが、フウキくんには当たらない
その動きは猛牛を操るマタドールの如し
流麗な回避でフウキくんはヤミへと接近していく
そして
「我が剣に断てぬ服はなぁぁぁし!」
少女の纏うただ一つの服を縦一文字に切り裂くべくフウキくんの手が振るわれる
刹那、ヤミはそれを後にジャンプすることで間一髪の回避を見せた
しかし、動作が僅かに遅れていたのか
それともフウキくんの動きが予想以上だったのか
ヤミの胸元からおへその上辺りまでが縦一文字に破裂するように切り裂かれる!
「…あっ!?」
ヤミの頬に朱が散る
フウキくんの刃が鋭利だったためか裂け口はそれほど派手ではない
だが、それでも裂け目からはしっかりとヤミの白い肌が露出する
小さめながらもふくらみがハッキリとわかる胸の横乳があるかなきかの谷間と共に外気へと晒された
「…ノーブラですか。いくら小ぶりといってもブラをつけないのは感心しませんな。形が崩れますよ?」
はんっと溜息をつき忠告をするフウキくん
ヤミは数瞬呆然とし、そして頬の赤みを羞恥から怒りへと変化させて身を震わせる
屈辱だった
服を切り裂かれたことも、ノーブラを指摘されたことも
暗殺者としてだけではなく、今ヤミは女の子としても怒っていたのだ
「隙あり!」
「…!」
が、そこに沈黙を保ち続けていたフウキくんの攻撃が襲い掛かる
無論、ヤミも反撃の手は繰り出す
しかし、先程と同じくヤミの攻撃は全て完璧にかわされてしまう
それどころかカウンターの形で反撃すらされてしまう有様だった
ぴっ、ぴぴっとヤミの服が数箇所切り裂かれていく
「いいぞねーちゃん、もっと脱げー!」
「この…!」
酔っ払い親父と化したフウキくんを睨みつつも、突然の優位逆転に戸惑うヤミ
だが、これは全てフウキくんの計算だった
確かに純粋な戦力ではフウキくんのほうが僅かに下だが、それがあくまで真っ向勝負の場合である
今のヤミは怒りに支配されているため攻撃が雑になっている
そしてフウキくんにとっては雑な攻撃など物の数ではないのだ
「そらそらそらっ」
「あっ! や、やめ…!」
ビリビリ! と音を立ててヤミの身体を守る衣服が更に破れていく
胸元への一撃ほど大きな損傷こそ受けないものの、塵も積もれば山となる
首筋、脇下、脇腹、背中といった場所を守る部分は小さな傷を増やし徐々に大きな露出を生み出していく
だが、ヤミの身体にはかすり傷一つつくことはない
正に名人芸である
「やめろといわれてやめるバカはいません…よ!」
そしてついにフウキくんの攻撃はヤミの下半身にも及んでいく
とはいえ、ヤミの下半身を覆うのは短いスカートだけ
しかし、ヤミからすればそこだけは守り通さなければならない場所だ
スカートの防壁が抜かれれば彼女の秘所を守るものは何もなくなってしまうのだから
「くっ…そ、そこは…!?」
必死に防御を展開するヤミ
だが、その動きには初期の精彩はまるで見られない
ぴっ、ぴっと僅かずつでありながらもスカートにスリットが生まれていく
「お、おい…どうしたんだ?」
完全に傍観者となっていたリトが動揺したように呟いた
最初は緊迫感のある戦闘だった
それがいつの間にか少女のストリップショーへと変貌していく
一青少年にはいささか刺激の強い光景
リトは目を逸らすべきかどうか迷いつつ成り行きを見守るほかはない
すると、フウキくんがヤミから距離をとった
ヤミは攻撃の嵐がやんだことにほっとしつつも怪訝な表情でフウキくんを見つめる
だが、当のフウキくんはリトの呟きを聞いてたのか手品の種を明かす魔術師のように慇懃な口調で語りはじめた
「何、結城殿…簡単なことですよ」
「は?」
「あの少女が私に押されている理由です。彼女は今力を出し切れていないのです」
「いやだからその理由が…」
「わかりませんか? 彼女は――」
ずびし! と擬音がつきそうな勢いでフウキくんの指がヤミのスカートへと突きつけられた
「 ぱ ん つ は い て な い ! 」
ガガーン! と背景に驚愕音を出しつつリトは後ずさった
勿論顔は真っ赤である
そう、彼は理解したのだ
それはそうだ、パンツをはいていない状態で思うように動き回れるはずがない
普段ならばヤミは小柄ゆえの身軽さと脅威の運動性で壁や天井を使い三百六十度を動き回る
だが、今そんな動作をすれば間違いなくスカートの中身が見える
というよりあのスカートの短さだ
飛んだり跳ねたりしなくても激しい動きで十分スカートはめくれて中身が見えるだろう
「…えっちぃ目をむけないでください」
ギン! と殺気のこもった目でリトを睨みつけるヤミ
だが、その瞳に普段の迫力はない
むしろ、羞恥に震え肌を所々露出した美少女の図は男の被虐心すら刺激してしまうほどエロ可愛かった
ゴク、と我知らずリトは唾を飲み、そして慌てて目を逸らした
余談ではあるが、股間が僅かに膨らみ始めていたのをヤミが発見しなかったのは僥倖だったといえる
下手すればちょんぎられていたのだから
一方、ヤミはリトからフウキくんへと視線を移していた
フウキくんの言うとおり、ヤミは激しい動きができない
普段からあんな短いスカートで飛び回っておいて今更何を? と思ってはいけない
パンツがあるのとないのでは羞恥心の発動比率に雲泥の差があるのだ
元々、ヤミの服装の露出度が高めなのは動きやすさとトランス能力の都合である
基本的にトランス能力は手や足、そして髪といった末端部分を主として発動される
それはイメージがしやすいという側面もあるのだが、一番の理由はトランスの度に服を破るわけにはいかないからなのだ
まあ、そのおかげでけしからん太ももは常に露出され、場合によってはパンチラがおがめるのだから
敵味方共に文句はない服装だ、勿論そういった気配を出した者はほぼ例外なくヤミ本人の手によって葬られているのだが
どうする――?
ヤミは自問した
ベストの選択は撤退、出直して即時殲滅が一番である
だが、ヤミはその選択肢を選ばない
金色の闇としてのプライド、少女の羞恥心、盗られた下着、その他諸々
色んな事情が重なり合い、ヤミはフウキくんの殲滅以外を選べなかった
(距離を取れたのは好都合…こうなればカウンターを狙うのが最善ですか…)
迂闊に動き回れない以上は迎撃という形をとるのが最もベターな選択
怒りに流されていたことを自覚したヤミは冷静さを取り戻し、そう結論づけた
しかし、途端にその眉がひそめられる
フウキくんは攻撃を仕掛けることなく、その場にたったまま動かないのだ
「なんのつもりですか…?」
「フフ、カウンター狙いでしょう? そうとわかって近づくアホはいません」
「……」
「図星ですね? そして貴女はこうも考えている。ならば私も攻撃はできないはず――と。だが、それは間違いです」
何故ならば、私にはこれがあるのですから!」
フウキくんが大きく口を開く
ゆっくりと口からせり出されていく扇風機(のようなもの)
瞬間、リトは空気を読まずに叫んでいた
「スカートを押さえろーっ!」
「 神 風 の 術 っ ! 」
リトの叫びと同時にプロペラが回りだす
そして扇風機の強をあっさりと超えるその風力は乙女の秘密を守るスカートを持ち上げるべくヤミへと襲い掛かる
「え…あっ!?」
ふわり、と持ち上がるスカートの裾
だが、コンマ一秒にも満たないタッチの差でヤミの手は間に合った
「くぅっ…」
ばたばたとなびく短いスカート
強風といっても所詮は風、両手がかりで押さえる防御を崩すことはできない
が、逆を言えば他の部分は無防備ということだ
現にヤミは気がついていないがスカートの後ろは大きくまくれ上がっているし
大きく切り裂かれた胸元部分は送り込まれる風で大きく膨らみ胸の露出を高めていた
また、そこから覗く胸は風を受けてぷるぷると震えている
「フフフ…」
「っ! ち、近づかないで下さい!」
フウキくんがゆっくり近づくことによって風の威力が集中していく
自然、スカートにかかる負荷も増す
ヤミは咄嗟に髪を拳に変化させて迎え打つが、意識の大半をスカートに取られている状態では満足な攻撃はできない
フウキくんはじわりじわりと獲物を追い詰める狩人のように近づいていく
「ううっ…」
その距離が約一メートルに達した時、既にヤミは攻撃する余裕すら失っていた
押さえる両手から逃げ出さんとばかりに暴れるスカート
その場から逃げる、否、動くという選択肢は既に消えてしまっている
何故ならば、スカートの防壁はもはや僅かな身じろぎでさえ許してくれない状況なのだ
「中々てこずらせていただきましたが、ここまでです」
フウキくんの両手が刃状へと変化する
狙いはヤミの衣服全て
「全裸決定――!!」
その二つの刃がヤミの身体を曝け出そうと襲い掛かったその瞬間
フウキくんの頭上に落ちてくる人影をリトは見た
それは―――気絶した校長だった
「あ」
ごちん!!
硬いものがぶつかり合う音が響いた
ぶつかりあったのは校長とフウキくんの頭
びたん、と床に倒れこむ校長とふらつくフウキくん
リトはデジャヴを感じつつ呆然とその光景を眺めていた
「ば、馬鹿な…こんな…こんなギャグ漫画みたいな…だが…ま…だ…」
フウキくんは幾度かふらつくとうつぶせに倒れた
意外な決着、その要因は――事故(?)
「…え、終わり?」
あまりにも呆気ない
というかご都合主義な結末にリトは納得しないものを抱く
それはそうだ、これで終わりなら今までの苦労はなんだったのかという話になる
「…どいてください」
が、そんなことはヤミにとってはどうでもよかった
過程がどうであれ、敵は倒れた
ならばトドメをさすのが常識とばかりにヤミはリトを押しのけフウキくんの前に立つ
私怨で五割増になった殺気と共にヤミはフウキくんをスクラップにすべくトランスを開始し
そしてその動きを止めた
フウキくんの頭には自分の下着が装着されたままだったのだ
ぐらぐらと煮えたぎるような怒りが再発する
だが、ヤミはその感情を抑えた
どうせ数秒後にはその怒りをぶつけることができる
まずは下着を取り返すことが肝要
もうはくことはできないだろうが、だからといってこんな変態ロボにかぶられっぱなしというのは許容できることではない
「…返してもらいます」
ヤミは自分の下着を取り返すべくフウキくんの身体を持ち上げる
だが、ここで予想だにしなかった事態が起きた
フウキくんのプロペラがまだ動いていたのだ
停止寸前ながらも最後の意地なのかプロペラだけは回し続けていたフウキくんの最後の罠
風力によって至近距離の軽いもの、つまりヤミのスカートが浮く
瞬間――リトの鼻から大量の血が噴出された
「ぶはあっ!?」
「え」
ヤミは理解できなかった
何故結城リトが鼻血を噴出しているのか
何故下半身が涼しいのか
何故――自分のスカートがめくれているのか
「な…な…」
わなわなとヤミの身体が震える
既にフウキくんは完全停止し、風も収まってスカートも元の位置に戻っている
だが、現実は覆らない
見られた
その四文字がヤミの脳裏に何度もエコーしていく
「のわっ…!?」
ヤミから感じるただならぬ空気にリトは鼻血を押さえながら怯える
この瞬間に限っては彼には何の罪もない
だが、彼は見てしまったのだ
産毛一本すら存在しない乙女の秘密の部分を
「ちょ、ま…」
「死んでください」
端的に一言
死刑宣告は下された
~後日談~
リトはララに看病されながら「はいてないはいてない」とうなされることになる
ヤミは自分そっくりな金髪の少女に露出ガードの秘訣を聞きにいったらしい
フウキくんは一から作り直されて保健室の雑用をしている